ハラスメントの根底にあるものは

今に始まったことではないが、

ここ数週間はメディアでも大きく取り上げられていて、

あちらこちらでセクハラ、パワハラの話が出ている。

多分、ある程度のポジションにいる方は、若干ビクビクしている方もいらっしゃるのではないだろうか?と思ったりする。

私が働きだした1980年代、ハラスメントなんて言葉はまだ街中には聞こえず、男女雇用機会均等法もなく、時に嫌な思いもしながら働き続けていた。

1990年代、病気になって休職して復帰した時、同性でさえまだ働くの?といわれたこと、未だに忘れられない。あちらこちらで言葉によるハラスメントは飛び交っていた。数年前でさえ恫喝的な言葉を当然のように使う人もいた。

ハラスメントというと、直ぐにNGワードって何なの?

どういうふうに言うとレッドカードになるの?全く面倒だな、と、

短絡的な質問や感想が出てきがちだ。

下品な言葉はもちろんだが、そういう言葉を発してしまう時の、自分の意識を振り返って欲しいと思う。

相手に対して、自分は偉い、凄い、支配者だ、と思っているからこそ、発せられる言葉なのではないか?と。

基本は、相手と自分とは人間として対等なのだ、という意識をしっかりと持つことができているか、ということだと思う。

相手の存在そのものを認めているのか、ということだと、私は理解している。職業上の立場や権力や金銭の有無ではなく、人として。

コミュニケーションとは、認め合える関係の上で成り立つものだと思う。

ちょっと先だけど、8月18日の講座では、今回のハラスメント話も交えてコミュニケションの基本をお話したいと思う。